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「忘れない、あの日、あの時」(倉敷エリア)が開催されました

2019/08/01
 7月30日、コープ倉敷北で「忘れない、あの日、あの時」(倉敷エリア「ラブ♡ピースプロジェクト」「くらしき子ども平和サミット実行委員会」)が開催され、親子連れなど組合員18名が参加しました。戦争体験者の高齢化が進み、戦争を語り継ぐことが難しくなる中、平和の取り組みを次世代につなげていくための学習会です。
 
 
 広島県立福山工業高校から、長谷川勝志先生、杉原義浩先生、計算技術研究部の2年生3名(染織システム科 平川聖央(せな)さん、電気科 西原海人(かいと)さん、電子機械科 佐藤晃太さん)の計5名が来てくださり、活動報告(下記)に続いて、被爆前後の広島市内のVR(バーチャルリアリティ)体験が行われました。
体験した子どもたちは「原爆が落ちる前と後の広島の町がよく分かりました」「原爆ドームが焼かれている様子がリアルでした」「怖かったです」と感想を話していました。

 

「VR体験をする小学6年生の男の子」


「原爆投下前後の広島県産業奨励館(原爆ドーム)」(「VR爆心地」より)


 
 今回の学習会は、倉敷エリア「くらしき子ども平和サミット」の第1回目。次回は8月9日に「亀島山地下工場跡(倉敷市水島地区)」を訪ねる予定です。

■広島県立福山工業高校ホームページ(「VR爆心地」の動画へのリンクもあります)

http://www.fukuyama-th.hiroshima-c.ed.jp/


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【生徒さんのお話(3名の発表より)】
 
 計算技術部に入るまでは、原爆のことはあまり知らず、平和についても「誰かがやってくれるだろう」という気持ちがありました。しかし、この活動を通じて、今では自分が「核のない世界」を少しでもつくっていきたい、と強く思うようになりました。
 映像をつくるために調査する中で、被爆者の方から直接お話を聞くことができ、被爆直後の様子や思いなど資料では分からなかったことを知ることができました。被爆直後は真っ暗だったこと、爆発の閃光がマグネシウムを焚いたようだったこと、入市被爆のことなど、お話を伺って初めて知ったことがたくさんありました。原爆は、一瞬で多くの人の命を奪っただけでなく、その後も放射能の影響で多くの人を苦しめるものだということを改めて実感しました。
 さまざまな資料や証言をもとに、74年前の広島の美しい街並みを再現していきました。今は緑豊かな平和公園ですが、かつては多くの人が暮らす町があったのです。被爆者の方からは「懐かしい」「当時を思い出します」などの感想をいただきました。
 被爆者の方々の平均年齢は、2018年時点で約82歳。当時のことをお聞きする機会も減ってきています。被爆者の記憶を継承し、二度と核爆弾が使われないよう、その恐ろしさを日本だけでなく世界中に発信していきたいと思います。


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【顧問の長谷川先生のお話(講演とインタビューより)】

 広島に世界で初めての原爆が投下されてから74回目の夏が来ます。世界から核兵器は無くなっていませんが、人はきっと歴史から学んで“核のない世界”をつくっていけるはずだと信じています。
 
 私たちが大勢の方から話を聞き、資料を見て、映像を作り続けて10年になりました。当初はCG(コンピューターグラフィック)による広島の復元映像を7年半作っていましたが、今ではVRに切り替えています。

 VRに切り替えた要因は、自ら体験できること、海外の人に見てもらっても「言葉が要らない」こと、そして最大の理由は、CGは「作った側が見てもらいたいもの」を見せるものであるのに対し、VRは「体験者が見たいもの」を主体的に見るものだからです。
 
 これまでさまざまな映像を復元してきた中で一番印象に残っているのは、被爆70年の年、2015年NPT再検討会議の本会議での証言に使われた映像です。爆心地から2.3キロのところにある「御幸橋(みゆきばし)」で原爆投下3時間後に撮影された写真をカラーで復元したもの。この時初めて、被爆された方の姿を再現しました。全身大やけどを負っている被爆者の姿を再現するために、当時の状況や「重度のやけどをするとどうなるか」を調べ再現していきました。
 
 大やけどを負った方、亡くなられた方の状況を調べ、詳細に映像化するのは、精神的に非常に過酷なものです。作業の前には生徒たちとしっかり話をした上で進めていますが、それでも「頭から離れない」「眠れない」など、辛さを訴える生徒も居ます。精神的な負荷があまりに大きいため、被爆者の姿を描く作業は現在一旦中止しています。しかし、いずれはそこまで到達しなくてはならないと思っています。原爆が炸裂し、爆心地から離れた場所では大勢の人が必死の形相で逃げてくる、そこを描いて初めて原爆を描いたことになると思うからです。被爆者のお話を直接聞き、「原爆のむごさをしっかり描いてほしい」という被爆者の願いを受け止めて、生徒たちは使命感を持って臨んでいます。
 
 映像制作の過程で、遺族の方などから資料を提供していただくこともあります。その資料をもとに修正した映像を、当時を知る方たちに見ていただき、検証を重ねてさらに映像の精度を高めています。生活感を出すために建物に経年劣化を表現したり、自転車を置いたりといった工夫もしています。映像を見た方から「懐かしい」「当時を思い出します」という感想をいただくのは嬉しいです。本物に近いということですから。中には、遺族の方から「父母がどんな場所で育ったのか、映像で見たい」という希望を伺うこともあります。
 
 このVR体験は、国内のみならず世界中から注目されています。海を越えて、世代を超えて、そして考え方も超えていくことができます。「原爆は正義」という教育を受けてきたであろうアメリカの学生が、VR体験後に「当時、原爆で被害に遭った方のいろんな思いが分かった」と感想を話し、被爆者とハグしたんです。この意義は大きいし、とても喜ばしいものだと思います。
 
 現在の「ラフバージョン(移動可能距離約1.4km)」から、さらに精度を上げて移動距離も延ばした「ディテールバージョン(移動可能距離約2km)」を、2020年には公開予定です。産業奨励館(原爆ドーム)の展望台から広島の町並みを望むこともできます。被爆前・被爆後、そして今の広島を見ていただけるものを目指しています。一日も早く完成させ、被爆された方に見てもらいたいです。
 
 戦争のむごさ、核兵器の非道さが語られなくなった時、また同じことが起こるのではないか。そこに不安を感じています。私たちはこれからも、CGやVRなどを駆使し、歴史を継承していきたいと思います。
 

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